娘がまだ小さかった頃、私は専業主婦として子育てに専念していました。
日々の暮らしは、起きてから寝るまで、すべてが娘中心。食事、送り迎え、習い事、体調の変化に耳を澄まし、友人関係にも気を配る――“誰かを育てる”ということに、毎日全力で向き合っていました。
当時の私は、それが「社会と離れている」とは一切思っていませんでした。
むしろ、子育ての現場こそが社会であり、人と人との関係性がもっとも濃く立ち現れる場所でもありました。
けれど、いざ再び働きたいと思った時、私は初めて“ブランク”という言葉に出会うことになります。
「何をしていたんですか?」という問いに、私は立ち止まった
エントリーシートを提出しては落ちる日々。
面接では、「この期間、何をしていたのですか?」という問いが繰り返されました。
そのたびに私は、心の中でこうつぶやいていました。
「私、ずっと“人を育てる”という営みに、真摯に取り組んできたはずなのに……」
何ができるかなんて、やってみなければ分からないのに。
経験やスキルがすぐには言語化できないからといって、それが“なかったこと”のように扱われてしまうことが、とても悔しかったのです。
子どもの変化が、私の見えなかった成果だった
当時、私は学び直しのために週に何度か外出するようになり、娘と過ごす時間は以前よりも少し減っていました。
それを“母親としての未完成さ”だと感じていた時期もあります。
けれど、ふと気づくと、娘は変わっていました。
これまでなら忘れ物があれば「ママ、持ってきて」と頼っていたのに、今は自分で事前に確認し、必要なものを整えて出かけるようになっていたのです。
頼れない日が増えたからこそ、自分で考え、行動するようになった。
私が不在だった時間は、娘の「自立の入り口」だったのだと、後になって気づかされました。
子育てで培った“育成のまなざし”は、ビジネスにも活きている
初めて就いた仕事は、大学生への就職支援でした。
面接対策や自己分析、時には心折れそうな学生を励ましながら、一緒にキャリアを描いていく。
その時、私にとって特別なスキルがあったわけではありません。
けれど、「人を育てるって、そんなに単純なものじゃないよね」という感覚は、私の中に確かに根づいていたのです。
一度きりの研修や、型にはめたフレームワークで人は育たない。
個々の違いや、その時の状態に寄り添いながら、小さな変化を信じて見守り続ける。
それは、子育てを通して私が何度も実践してきたことでした。
「ブランク」は、むしろ“育成力”の修練期間だったのではないか
子育てという時間は、決して何もしていない“空白”ではありません。
社会の評価軸からは見えにくいけれど、人の成長に真剣に向き合った日々。
それは、ビジネスにおける育成にも通じる、深い力を宿していると私は信じています。
最後に、あなたへの問い
「ブランク」と呼ばれる時間に、あなたはどんな力を育ててきましたか?
それを“言葉にしてみる”としたら、何と表現するでしょうか?
Stay tuned for the next article.

