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#21 “子育てしかしてない”という言葉の奥にあるもの──見えにくい価値を言語化する


子育て「しか」していない、という言葉に潜むもの

「これまで、何をしてきましたか?」

再就職活動の面接で、何度となく投げかけられたこの問いに、私はいつも一瞬、言葉に詰まりそうになる自分を感じていました。パートナーの転勤に伴って国内外を移り住み、子どもと共に過ごしてきた10年余り。けれど、それを口に出す時、どこか後ろめたさのような気持ちがつきまとっていたのです。

ある時、ビジネスパートナーにこう問われました。

「前から気になっていたんだけど、なぜ雅子さんは“専業主婦だったから”って、少しネガティブに話すの?」

その瞬間、私はハッとしました。誰かにそう言われたわけでもない。自分で、自分の時間に“価値がなかった”ようにラベルを貼っていたのは、他でもない私だったのです。


社会の基準で測ろうとすると、語れなくなる

職歴、成果、実績──。社会の中で価値を測るための物差しは、目に見える“実績”が前提になっていることが多くあります。でもその実績とは、誰かに評価され、可視化された仕事の結果だけを指すのでしょうか?

実際、私自身も「子育てしかしていない」と、自分を過小評価していた時期がありました。「実績がない」と思い込んでいたのです。でもある時、気づいたのです。実績とは“対組織”に限らない、と。

子どもを育てるという日々の中で、私は一人の人間を見守り、問いを重ね、対話を続けてきました。その積み重ねは、明確なKPIがあるわけでも、成果発表があるわけでもないけれど、確かに「人を育てる力」を育んできた実感があるのです。


「税金を払えるように育てているんだから」

印象的な出来事がありました。障がいのあるお子さんを育てているママ友が、こんなことを言ったのです。

「〇〇ちゃんを、税金を払えるように育ててるんだから、すごいよね。」

その言葉に、私は胸を突かれました。私自身は、当たり前のように子育てをしてきたつもりでした。でも、“社会に貢献する存在”を育てるという視点で、改めて我が子との時間を見直してみると、そこには確かに「未来への投資」と呼べる日々があったのです。


子育てという“見えない営み”を、どう語るか

「何をしてきましたか?」という問いに、堂々とこう答えられるようになったのは、ごく最近のことです。

「子どもを育ててきました。そしてその過程で、人を育てるという営みがどれほど繊細で根気のいるものかを体感してきました。今の私のリーダーシップの原点は、家庭にあります。」

そう語れるようになったことで、私の中にあった「語れなさ」は、少しずつ溶けていきました。ブランクではなく、“修練”だった。そう認められるようになった時、自分の物語が、ようやく自分の言葉で語れるようになったのです。


 最後に、あなたへの問い

あなたが「語らずにきた経験」はなんですか?
それを語れなかったのは、誰の価値基準に縛られていたからでしょうか?
語り直すことで、どんな新しい意味が見えてくるでしょうか?

Stay tuned for the next article.

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