前回のコラムを読んでくださった方から、こんなメッセージをいただきました
子育てと上司部下関係の類似性が、直ちには結びつきにくかった。
でも、「すれ違い」や「見えない思い」の話になったとき、急にリアルになった。
退職の前後で本音がわかったり、関係性が変わる職場の風景が浮かびました――。
こうして言葉をいただけることのありがたさとともに、改めて私自身がこのコラムを通して伝えたかったことの輪郭が、よりはっきりしてきた気がします。
たしかに、親子と上司部下は、関係性の前提が大きく異なります。
前者は「生まれた瞬間から切り離せない存在」としての関係であり、後者は「業務上の契約に基づいた関係」です。
けれど、違いがあるからこそ、その“違いの中にある共通項”に目を向けることで、別の視座が見えてくるのではないか。私はそんな想いで書いています。
子育てで感じた「伝わらなさ」は、職場でも起きている
#10でも書いた奨学金の出来事。
私が奨学金のやりとりを通じて娘の“気遣い”に初めて気づいたとき、心がギュッと締めつけられました。
「もっと早く、彼女の本音に気づけていたら」と思いました。
けれど、それと似た出来事を、実は職場でも幾度となく見てきました。
退職後、上司宛に「実は、ずっと悩んでいたんです」とメッセージが届く。
1on1では言葉を濁していたメンバーが、部署異動後に本音をぽろりと漏らす。
気づかぬうちに、“聞いたつもり”“支えていたつもり”になっていたことに、後から気づく。
これは、まさに「気づけなかった真意のすれ違い」です。
親子であっても、部下であっても、“察してくれるだろう”という期待が裏目に出ることがあるのです。
「違いを超えて、共に歩く」という姿勢
親は、無償の愛や責任を前提に、子どもに接しています。
一方で、職場では「成果」や「期待値」の下にある関係性が前提です。
それでも、「その人が何を願っているのか」「どこに不安があるのか」に耳を傾けようとする姿勢は、どちらも変わりません。
むしろ、違うからこそ気づけることがある。
「親子関係のような思い入れ」を、組織で持ちすぎることは難しいかもしれません。
でも、「本音に届こうとする姿勢」や「言葉の背景を汲み取ろうとする対話」は、どんな関係性においても必要なのではないか。
子育てを通して実感した“伝える/聴く/待つ”という行為の難しさは、職場の人間関係にも直結しているのだと思います。
“異なる関係性”から学び合う
このコラムでは、子育ての話を通して、ビジネスにも通じる本質を浮かび上がらせたいと思っています。
だからといって、すべての物語を「ビジネス文脈に寄せる」必要はないとも思います。
読者の中には、育児と仕事の両立に悩む人もいれば、部下育成に悩む管理職もいます。
大切なのは、異なる文脈から生まれた“気づき”を、自分のフィールドに置き換えてみようとする想像力。
それが、「視座をひらく」ということなのかもしれません。
最後に、あなたへの問い
あなたが「つながっていない」と思っていたものに、実は共通する本質が潜んでいるとしたら──
それは、どんな経験でしょうか?
Stay tuned for the next article!

