「えっ、センター試験、受けないの?」
高校三年生の時
娘からそう聞かされたとき、私は一瞬、言葉を失いました。
「私、センター試験は受けないことにした。」
当時、同じ高校の生徒は約230名。そのほとんどがセンター試験(現在の共通テスト)を受験する中、娘はその流れから“外れる”決断をしたのです。受験しなかったのは、たった2人。その一人が、我が子でした。
かつての私だったら、こう反応していたかもしれません。
「そんなの、おかしいよ。みんな受けるのに。」
「受けなかったら、後悔するよ。」
「他の人に変なふうに見られるよ。」
つまり、“多数派であること”を基準に、選択を正当化していたと思います。
でも、そのときの私は、まず娘の考えを聴こうとしました。
なぜ、その選択に至ったのか。
どんな背景があり、何を大切にしたのか。
何に迷い、どんな可能性を手放して、それでも進もうとしているのか。
私の中で、以前と明らかに変わっていたものがありました。
自律とは「自分主導で社会の枠を広げること」
「自律」という言葉を聞いたとき、あなたはどんなイメージを持ちますか?
自分で考えて、自分で決めて、自分で責任を取る。
もちろんそれも一つの自律のかたちですが、私の定義は少し違います。
「自律とは、自分主導で“見えている社会の枠”を少しずつ広げていくこと。」
私たちは、多かれ少なかれ、社会の価値観や周囲の声に影響を受けています。
「みんながそうしているから」「普通はこうだから」という基準は、無意識のうちに判断を縛ります。
でも、そこから一歩引いて問い直すこと。
- 自分は、いまどんな社会の価値観の中にいるのか?
- 何を当たり前として疑わずに受け入れているのか?
- 本当に大切にしたい価値観は、自分の内側にあるのか?
そうした問いを立てながら、自ら選びなおしていくプロセス。
それが、私にとっての「自律」です。
組織でも、“みんなと同じ”を基準にしていないか?
この視点は、組織での人材育成にもそのまま重なります。
「とりあえず上司の言うとおりに動けばいい」
「前例を踏襲するのが無難」
「変わったことをすると目立つからやめておこう」
──そんな“多数派の安全圏”に身を置こうとする空気は、職場にも確かに存在します。
本当は、新しい提案を持っている人もいる。
異なる視点を持っている人もいる。
でも、マジョリティの目を気にして、発言を控えてしまう。
これでは、個の成長も、組織の進化も生まれません。
自律的に動ける人を育てるには、“多数派から外れる選択”を恐れない風土が必要だと感じます。
まずは、大人である私たち自身が、その一歩を踏み出せるかどうか。
子どもたちの「自分らしい選択」を支える経験は、職場においてもリーダーとしてのあり方を問い直すきっかけになるのではないでしょうか。
■最後に、あなたへの問い
あなたは今、「多数派だから」「みんなそうしているから」と、
無意識に何かを選んでいませんか?
そして、部下や子どもに対しても、
“みんなと同じ”であることを、安心の基準にしていませんか?
Stay tuned for the next article!

