問いを変えれば、すべてが変わる。
見つけよう、その先の問いを。

#8「“成功のカタチ”を手放す:トップダウンからサーバントへ」

1人だけで語り続けることには限界があるため、

このコラムを知人に読んでもらいながらフィードバックという形で

違和感や疑問をもらってます。

今回は、こんな問いをもらいました。

「やっぱり、兵藤さんの教育が良かったからじゃない?」

この問いについてリフレクションをしてみました。

“良かった教育”とは何か?

「やっぱり、兵藤さんの教育が良かったからじゃない?」
これは、以前もよく聞かれることが多い問いでした。

たしかに、娘はいま、自らの興味関心を軸に進路を選び、学び、挑戦しています。親の目から見ても、「自律しているな」と感じる瞬間が多い。
けれど、だからといって「成功した教育」と言い切れるとは思っていません。

なぜなら、計画通りにいかないことが、人生だと考えているからです。笑

幼少期の“トップダウン型”:守らせることで型をつくる

娘が幼かった頃、私は完全に“トップダウン型”の親でした。

3歳でヴァイオリン、4歳でピアノ。
毎朝、学校や幼稚園に行く前の練習は日課で、週末も旅行先でも欠かさない。まさに“スパルタ”でした。

「続けることが自信につながる」
「一つの道を極める経験をしてほしい」

そんな想いで娘を導いていましたが、以前のコラムでも書きましたが、

私自身が姉に憧れていた感覚の投影でもありました。

今振り返ると、この時期は“守・破・離”の「守」。
親が型を示し、それをひたすら“守らせる”フェーズだったのだと思います。

そのおかげか、今も娘はコツコツ努力を重ねる姿勢を持っている。
そういう意味では、「型」はしっかり身についたのかもしれません。

違和感から“サーバント型”へ:自律性を引き出す

転機は、「違和感」でした。
これまでのコラムでも書いた通り、娘から返ってきた問いや視点にハッとさせられる場面が重なり、
私は徐々に“導く”立場から、“支える”立場へと変わっていきます。

たとえば、娘が自ら「ライフイズテックに通いたい」(https://life-is-tech.com/)と言い出したとき。
プログラミングに夢中になり、学校の文化祭でホームページをつくったり、ノーカット動画を編集したりと、夢中で“ものづくり”に打ち込んでいく姿を見て、私は一歩引いて見守ることの大切さを知りました。

この時期から、私は「どうしたい?」と問い、
娘は「こうしてみたい」と応え、
親子の関係性が“伴走型”に変わっていったのです。

成功かどうかは、誰が決めるのか?

もし、「成功」の定義を“偏差値”や“進学実績”に置くのであれば、我が家の子育ては評価されないかもしれません。
けれど、私は今、娘が「自分の興味に沿って学び、挑戦し、自分で考えて進路を選んでいる」ことそのものが、
キャリア自律の一歩であり、それを“成功”と呼びたいと思っています。

子育ても、組織の人材育成も同じです。
「良い上司だった」「良い育て方だった」と言われることは嬉しいけれど、
それ以上に、目の前の人が「自分で選ぶ」「自分で決める」ことを支えられたかどうかが、何より大切なことではないでしょうか。

最後に、あなたへ問いを

私たちはつい、「成果」や「結果」を“成功”と結びつけたくなります。
けれど、本当にその人が「自分で選び取った」と言える過程はあったでしょうか?

— あなたの“育て方”における「成功」とは、何を指していますか?

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