問いを変えれば、すべてが変わる。
見つけよう、その先の問いを。

#27 “迷うこと”に価値がある──正解探しより、「問いを持つ力」を

迷っている我が子に、かけた言葉

ある日、進路を前に迷っていた娘に、私はこんなふうに声をかけました。

「迷ってもいいよ。一緒に考えていこう。」

そのときの私は、「正解」を与えることよりも、「一緒に考える」ことの方が、はるかに大切だと感じていました。

かつての私は、“いい答え”を持っていることが大人の役目だと思っていました。でも、子どもが自分自身で問いを立て、悩み、考えるプロセスこそが、自律につながっていくのだと、今は思うのです。


子育ては「問い」の練習場

私たち大人は、つい「答え」を与えたくなります。

「この進路のほうがいいよ」
「将来困らないのはこっちだよ」

でも、自分で考える機会を奪ってしまえば、子どもは「誰かが決めてくれること」に慣れてしまいます。

大切なのは、“問い続ける力”を育むこと。

  • これは、本当に自分が望んでいる選択だろうか?
  • 今の私は、どんな価値観に影響を受けているのだろう?
  • もし失敗しても、何を学べるだろう?

こうした問いに、自分の言葉で向き合う力は、人生のあらゆる場面で必要になるのです。


組織でも、「問いを育てる」関わりを

これは組織においても同じです。

部下が判断に迷っているとき──

「こうすればうまくいくよ」
「こっちが常識だよ」

と“正解”を提示したくなる場面もあるでしょう。

でも、そんなときこそ、問いを返す姿勢が問われます。

  • 君はどう考えてる?
  • その選択肢に、どんな意味があると思う?
  • どんな結果でも、自分で納得できる?

問いを投げかけ、共に考えるプロセスそのものが、自律的な成長を促すのです。


「わからないまま、考え続ける」ことの意味

迷うことには、価値があります。

答えがすぐに出ない問いに、向き合い続ける力。

それは、複雑で変化の激しいこの時代にこそ、必要な力です。

私たち大人にできるのは、「正しい答えを与える」ことではなく、

「わからないことを一緒に考える姿勢を示すこと」かもしれません。


最後に、あなたへの問い

あなたは最近、「すぐに答えを出そうとしている」時がありましたか。

その答えは、誰の何のための答えですか

誰かが迷っているとき、「問いを一緒に持つ」関わり方を、選べているでしょうか?

Stay tuned for the next article!

 

 

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