迷っている我が子に、かけた言葉
ある日、進路を前に迷っていた娘に、私はこんなふうに声をかけました。
「迷ってもいいよ。一緒に考えていこう。」
そのときの私は、「正解」を与えることよりも、「一緒に考える」ことの方が、はるかに大切だと感じていました。
かつての私は、“いい答え”を持っていることが大人の役目だと思っていました。でも、子どもが自分自身で問いを立て、悩み、考えるプロセスこそが、自律につながっていくのだと、今は思うのです。
子育ては「問い」の練習場
私たち大人は、つい「答え」を与えたくなります。
「この進路のほうがいいよ」
「将来困らないのはこっちだよ」
でも、自分で考える機会を奪ってしまえば、子どもは「誰かが決めてくれること」に慣れてしまいます。
大切なのは、“問い続ける力”を育むこと。
- これは、本当に自分が望んでいる選択だろうか?
- 今の私は、どんな価値観に影響を受けているのだろう?
- もし失敗しても、何を学べるだろう?
こうした問いに、自分の言葉で向き合う力は、人生のあらゆる場面で必要になるのです。
組織でも、「問いを育てる」関わりを
これは組織においても同じです。
部下が判断に迷っているとき──
「こうすればうまくいくよ」
「こっちが常識だよ」
と“正解”を提示したくなる場面もあるでしょう。
でも、そんなときこそ、問いを返す姿勢が問われます。
- 君はどう考えてる?
- その選択肢に、どんな意味があると思う?
- どんな結果でも、自分で納得できる?
問いを投げかけ、共に考えるプロセスそのものが、自律的な成長を促すのです。
「わからないまま、考え続ける」ことの意味
迷うことには、価値があります。
答えがすぐに出ない問いに、向き合い続ける力。
それは、複雑で変化の激しいこの時代にこそ、必要な力です。
私たち大人にできるのは、「正しい答えを与える」ことではなく、
「わからないことを一緒に考える姿勢を示すこと」かもしれません。
最後に、あなたへの問い
あなたは最近、「すぐに答えを出そうとしている」時がありましたか。
その答えは、誰の何のための答えですか
誰かが迷っているとき、「問いを一緒に持つ」関わり方を、選べているでしょうか?
Stay tuned for the next article!

