問いを変えれば、すべてが変わる。
見つけよう、その先の問いを。

【ちょっと一息】

「対話」という、静かで力強い冒険

コラムも気づけば30回を数えました。これまで「子育て」と「人材育成」の共通項として、自分の正しさを手放すことや、相手の自律を信じることについて綴ってきました。そのすべての根底にあるのが「対話(ダイアローグ)」です。

「対話」と聞くと、なんだか難しく、あるいは単なる「おしゃべり」のように感じるかもしれません。しかし、物理学者であり対話の哲学を説いたデイヴィッド・ボームは、対話をこう定義しています。

「対話(ダイアローグ)とは、人々の間に流れる『意味の流れ』である」

(デイヴィッド・ボーム『ダイアローグ』より)

ボームは、対話において最も大切なのは、自分の考えを相手にぶつけて説得すること(ディベート)ではなく、自分の中にある「判断を保留する」ことだと言いました。

 私たちはつい、子供や部下の話を聞きながら「それは違う」「こうすべきだ」と頭の中で即座にジャッジを下してしまいます。けれど、その判断を一旦脇に置いて、相手との間に生まれる「新しい意味」をじっと眺めてみる。これこそが、最近のコラムで触れた「管理を手放した先に宿る知恵」や「言葉の奥にある人生を聴く」という姿勢そのものです。

対話は、効率よく答えを出すための手段ではありません。 むしろ、答えが出ない「迷い」の状態を共に味わい、相手と自分を隔てる壁を少しずつ溶かしていくような、静かな冒険です。

 子育てでも、仕事でも。 「正解」を急ぐ足を少し止めて、相手との間にどんな「意味」が流れているかを感じてみる。そんな時間が、お互いの人生を豊かに耕していくのかもしれません。

皆さんは今日、誰と、どんな「意味」を分かち合いたいですか?

目次