「専業主婦の経験って、今の仕事に活きていますか?」
そんな問いを、私はこれまで一度も投げかけられたことがありませんでした。
そして実のところ、自分でも、そう問い直したことがなかったのです。
「専業主婦でした」と言うたびに、どこか申し訳なさそうに口にしていた私。
それ以上、話が広がることも、深掘りされることもありませんでした。
きっと、聞いた人もこう思っていたのでしょう。
「実績がない」「キャリアが空白だ」「ブランク」と。
私がみている社会の評価は、職務経歴書に書けること。
その視点で見る限り、私の“17年”は、何もない時間に見えたはずです。
でも今、私はこう考えることができるようになっています。
「確かに“見えていなかった”かもしれない。
でも、確かに“育っていた”時間だった」と。
子どもと向き合う日々が育てた「見えない力」
専業主婦として過ごした17年間は、成果や称賛とは無縁でした。
でもその時間は、私にとって「どう在るか」「どう関わるか」「どこから物事を見るか」を問い続ける日々でもありました。
子どもの言葉にならない思いに耳を澄ませる。
言動の奥にある動機や不安を想像する。
つい口を出したくなる場面で、自分の価値観を見直す。
それはまさに、相手の世界に入りすぎず、離れすぎず、絶妙な距離で関わる感覚──
関係性の中での「見守る力」「応答する感性」に他なりません。
組織でも同じ。「急かさずに待つ力」が問われている
現在、私は人材育成やキャリア支援、組織開発に携わる仕事をしています。
そして驚くほど、かつて家庭で積み重ねてきた営みと、職場で必要とされる関わり方が重なっていることに気づかされるのです。
たとえば、企業での1on1の場面。
メンバーが話を整理できるのを、急かさずに待つ。(結論から言わなくていい)
判断の背景にある価値観や不安に、ちゃんと目を向ける。
正しさで押さず、対話の可能性を信じる。
これらはすべて、「非言語的な力」や「内省的な視野」に支えられた関わりです。
そして私は、あの見えていなかった時間の中で、
確かにそうした力を培っていたのだと、今なら言えます。
キャリアに“空白”なんてなかった
かつての私は、「何もしてこなかった」と思っていました。
でも、それは社会が求める“見える成果”というモノサシだけで、自分を測っていたから。
実際には、
価値観を揺さぶられながら、
感情に振り回されながらも、
他者とどう関わるかを、毎日考えていた。
あの17年こそが、私の“根っこ”でした。
そしてそれは、仕事のスキルとは異なる、
ものの見方が広がっていく「成熟」のプロセスだったのだと思います。
あなたへの問い
あなた自身、「見えていなかった時間」に、
今のあなたを支える何かが、眠ってはいませんか?
それは、当時のあなたが気づけなかっただけで──
今だからこそ、意味を取り戻せる経験かもしれません。
キャリアに空白なんてない。
ただ、まだ言語化されていないだけなのかもしれません。
Stay tuned for the next article!

