子育てをしていて、ふと立ち止まる瞬間があります。
それは、親として子どもに向き合う“ものさし”――つまり、何を大切にし、どう判断するのかという基準が、実は驚くほど無意識のうちに、自分の育ってきた環境や親からの価値観に影響されていたということに気づいた時です。
地元で育った“当たり前”の価値観
私は、地方の小さな町で育ちました。周囲の親戚や友人たちは、みな地元の公立・県立高校に進学し、大学や就職も“地元中心”が当たり前という世界。
誰もそのことに疑問を持たず、私自身も“そういうもの”として受け入れていました。
大学や就職先を選ぶときの判断基準は、「安定している」「知名度がある」「地元だから安心」。
やりたいことが明確でなかった私は、周囲と同じような道を選ぶことが“正解”であり、“安心”でもありました。
このような「成功パターンの前提」が、自分の中に無意識に根づいていたのです。
「常識の押しつけ」は組織にもある
この構造は、組織でもよく見られます。
たとえば、上司が部下の昇進や異動に対して、「このルートが一般的だよ」「普通はこうするものだよ」と語る場面。
でも、それは“育てる側の前提”であって、相手にとっての納得とは限りません。
私自身も、親として娘に「こうすべき」を伝えるなかで、自分が歩んできた“安心なルート”を、そのままなぞらせようとしていたのだと、今では気づきます。
姉への憧れが、子育てに影響していた
この頃の私は、無意識のうちに、憧れの姉の姿を娘に重ねていました。
姉は幼少の頃からピアノを始め、一つのことを地道に続け、その続けてきたことを職にしています。
どっしりと構え、芯が通っていて、家族のなかでもとても頼もしい存在でした。
私は、そんな姉に憧れ、尊敬の気持ちを抱いていました。
(余談ですが、失恋して落ち込んでいたときに姉がかけてくれた言葉――「世の中に男はたくさんいる!」。今でも鮮明に覚えている、私にとって最高の応援メッセージです。笑)
投影と“期待の形”
私は、子どもにも「姉のように一つのことを続けてほしい」と思い、ピアノやバイオリンを習わせました。
「継続することで自信になる」「一つの道を突き詰めてほしい」
そう信じていた背景には、姉のようになれなかった自分の思いや、尊敬と未完了の気持ちがあったのかもしれません。
親としての判断には、こうした“個人的な願望”や“過去の未消化な経験”が混ざってしまうことがあります。
組織でも見られる“未完了”の投影
これは組織のなかでも同じです。
マネージャーが部下に「こう成長してほしい」と願う姿には、自分が手に入れられなかった理想やキャリア像が反映されていることが少なくありません。
もちろん、それ自体が悪いことではありません。ただし、それが「一方的な期待」や「押しつけ」に変わってしまったとき、関係性にズレや負担が生まれてしまうのです。
最後に、あなたへの問いを
私たちはときに、自分の「当たり前」や「正しさ」に気づかないまま、目の前の誰かを導こうとしてしまいます。
けれど、それは本当に“その人自身”を見ているのでしょうか?
―― あなたが大切にしている「判断のものさし」は、いつ・どこで・誰から受け取ったものですか?
Stay tuned for the next article!

