前回は、「守破離」の“守”と“破”について書きました。
今回はいよいよ最後のステージ、“離”です。
「離」とは、アドバイスが届かないフェーズ
「守破離」は、武道や茶道などの学びの型に由来する言葉で、「まず型を守り、次に型を破り、最後に型から離れる」ことを意味します。
“離”の段階とは、親や指導者のもとを離れて、自分自身の判断と価値観で進むフェーズ。
アドバイスが届かない。届かなくていい。そんな状態です。
娘はまさに、私の見えない世界へ歩き出していました。
自分の世界を切り拓いていく
海外大学への進学を決意した娘は、自ら情報を集め、自らの言葉でエッセイを書き、自ら選択肢を広げていきました。
私が手を出せる余地はほとんどなく、「これはこうした方がいいかも」という助言も、もはや有効ではない。
そんな感覚が、はっきりと生まれた瞬間でした。
「そうか、もう“私の世界の中”で生きていないんだ」と実感できた瞬間でもありました。
誇らしさと、寂しさのあいだで
その姿は、心から誇らしかった。
でも同時に、手が届かなくなっていくような寂しさもあって。
産んで、育てて、見守ってきたけれど、いつのまにか“自分の子”ではなく、“ひとりの人間”として、目の前に立っていた。
ああ、これが“子離れ”という感覚なのかもしれない。
そう思いました。
組織における「離」
これは、組織の中でも似た構図があると思います。
部下が育ってくると、上司の言葉が響かなくなることがあります。
それは、決して関係が悪いのではなく、むしろ自走し始めた証拠。
「アドバイスが通らない」ことは、寂しさもあるけれど、喜ばしいことでもある。
組織における育成もまた、「信じて見守る」という“離”のフェーズがあるのだと思います。
届いていた、無意識の「期待」
そんななか、もうひとつ印象深い出来事がありました。
高校からの推薦を受け、奨学金を申請していた娘。
ある日、娘からこんなメールが届きました。
「ママ、ごめん。奨学金もらえなかった」
この“ごめん”という一言に、胸がぎゅっと締めつけられました。
私は「結果よりも過程が大事」と言っていたつもりでしたが、心のどこかで「通ってほしい」と思っていたのも事実。
そしてその“気配”を、娘はしっかり受け取っていた。
言葉にはしなくても、期待は伝わる。
だからこそ、最後にもう一度、私は娘に「ごめん」と伝えました。
最後に、あなたへ問いを
誰かを育てるとき、私たちは「見守る」と言いながら、無意識に“理想のゴール”を持っています。
あなたは今、誰かにどんな期待をかけていますか?
それは、相手の未来の選択とどこまで重なっていますか?
Stay tuned for the next article!

