前回までのコラムでは、「守・破・離」というプロセスを通じて、親として/育成者としての成長の段階を綴ってきました。今回のテーマは、その延長線上にある「アンラーン(Unlearn)」です。
つまり、「これまで信じてきた“正しさ”を、手放す」ということ。
そして、それは思っている以上に難しく、時に痛みを伴うプロセスでもあります。
「母親が面倒を見るべき」という“正しさ”を問い直したとき
私の中には、いわゆる“母親べき論”がたくさんありました。
- 母親が子どもの面倒を見るべき
- 子どもにはいい大学に進学させ、大手企業に就職させるべき
- 家のことは母親がすべてやるべき
振り返ってみると、そうした“べき”は、私自身の中から湧いたものというより、育った環境や社会から自然と刷り込まれていたものでした。
特に強く影響を受けたのは、私の母の存在でした。
母は、自身の子育てについて「もっと子どもと過ごしたかった」「貧乏でもいいから遊んであげたかった」と、後悔を口にしていました。
そんな母からすると、私が「働きたい」と言い出したときは、裏切りにも似た感情があったのかもしれません。
けれど、その時、私の背中を押してくれたのは父でした。
「今からは、女性も働く時代だしな」と。
“正しさ”が揺らいだ瞬間でした。
「日本人に戻さなければ」という思い込み
さらに、ある時期までは「娘を日本人らしく育てなければ」と、根拠のない焦りを抱いていたこともありました。
言葉、態度、振る舞い。
海外で育った娘を、いつか日本で生きていけるように“戻す”ことが、自分の使命だとすら思っていたのです。
でも、ある時ふと、「そもそも、私は何を“正しい”と思っているんだろう?」と、問い直すようになりました。
それは、娘を信じていない自分の表れでもあったのだと、後から気づきました。
手放した先に見えた、「自分とは違う存在」
子どもが成長し、勉強についていけない自分が出てきたとき、介入することをやめました。
というよりも、「もう見守るしかない」と思えるほど、遠くへ進んでいった感覚がありました。
たとえば、娘が携帯電話を持つことをずっと拒んでいたこと。
私が「そろそろ持ってもいいのでは?」と感じるタイミングでも、娘は頑なに拒否を続けました。
「子どもが携帯を持つべき」という“常識”が、彼女には必要なかったのかもしれません。
この出来事からも、「親が思う正解」と「子どもが選ぶ道」は、いつも一致するわけではないと気づかされました。
組織においても、「正しさ」は問い直される
このアンラーンの視点は、育児だけでなく、組織や人材育成にも通じるものがあります。
たとえば、管理職になったとき、「部下には細かく指導するべき」「上司とはこうあるべき」といった過去の成功体験に基づく“正しさ”を持ち込んでしまうことがあります。
でも、世代や価値観が違えば、それが通じない場面も出てきます。
そんなとき、自分の“当たり前”を一度疑い、手放していく勇気が求められるのです。
最後に、あなたへ問いを
あなたが今、「これは正しい」と信じているものは何ですか?
それは、いつ、どこで、誰から受け取った価値観でしょうか?
そして、それは今も、あなたや誰かを幸せにしていますか?
Stay tuned for the next article!

